和洋折衷とsemi-Western
和洋折衷とは、『日本国語大辞典』では「和風と洋風とを適当にとり合わせること」、『広辞苑』では「日本風と西洋風とをほどよくとりあわせること」と定義されています。
この「和洋折衷」に、semi-Western という訳が使われる場合があるようです。
例)
・和洋折衷建築壁 (特開2003-056161)
→WIPO Patentscope: SEMI-WESTERN CONSTRUCTION WALL
・和洋折衷部屋 (特開平08-135211)
→WIPO Patentscope: SEMI-WESTERN STYLE ROOM
・和洋折衷衣服 (特開平05-321004)
→esp@cenet: CLOTHING OF SEMI-WESTERN STYLE
和英辞典でも、たとえば『プログレッシブ和英中辞典』に掲載された3つの例文のうち、semi-Westernを含むものが1つありました。
日本人は和洋折衷の生活様式で暮らしている人が多い
Most Japanese live in a semi-Western style.
この部屋は和洋折衷にしつらえてある
This room is furnished half in Japanese style and half in European [Western] style.
畳にベッドというのは和洋折衷だ
A bed on tatami is a compromise between Japanese and European styles.
ここで、和洋折衷は「日本風」と「洋風」の取り合わせであるのに対し、semi-Western は「半分あるいは一部がWestern」だというだけです。
調べたかぎり英英辞典に semi-Western は見当たらず、実際の使用例をみると、何と西洋との取り合わせなのかはケースバイケースです。
例)
the awareness of Marathi culture and a semi-Western life-style
(マラーティー文化とsemi-Westernライフスタイルの対比)
-Search for an identity through theatreから引用
The balanced Korean diet, …The unbalanced Korean diet, …The semi-western diet,
(韓国料理とsemi-Westernの食事を比較検討)
-Macronutrient Composition and Sodium Intake of Diet Are Associated with Risk of Metabolic Syndrome and Hypertension in Korean Womenから引用
ranging from a Traditional attitude, to a Semi-Traditional attitude, to a Semi-Western attitude, to a Western attitude
(アフリカのシエラレオネ固有の価値観などと、semi-Westernなどを比較)
-Traditional versus Western Attitudes in West Africa: The Construction, Validation, and Application of a Measuring Deviceから引用
以上のとおり、semi-Western が具体的に何を示すかは、つど異なります。
画像検索するとわかるのですが、semi-Western が使われる場合、畳の上にベッドがあるといった和洋折衷の部屋のようなものが多いです。
つまり、「和」が背景にあることが一目瞭然にわかります。その部屋を見ながら話すときは、semi-Western で十分に理解できるでしょう。
でも、明細書は、基本的に文章であらゆることが表現されています。
文脈から日本風との取り合わせだとわからなければ、解釈は読み手任せになり、日本風+洋風だとわかる場合にのみ、semi-Western を「和洋折衷」で解し得るということになります。
また、米国の審査では、請求項の文言は最も広く解釈されます。そのため、いくら発明の詳細な説明に和洋折衷しか記載されていなくても、請求項でsemi-Western と記載すれば、西洋風である「あらゆる国の様式」を含むものとして解釈されます。
そのとき、請求項の技術的範囲が広すぎて、本来であれば先行技術ではない文献まで引用され、特許になる発明でも、そうならなくなる可能性があるわけです。
(画像は江戸東京建物園三井八郎右衛門邸の屋内をもとに作成)
次に、上述した和英辞典の例文には「half in European」を使ったものもありますが、日本語の「西洋」が一般に欧米=欧州+米国を示すのに対し、European は米国を含みません。
ここまで意味が変わると、特許翻訳では、おそらく多くの場合に和洋折衷の訳としてEurope(an)は使いにくいと思います。
最後に、公報の対訳には、「Japanese-Western blended」が用いられた例もありました。
例)
・和洋折衷浴槽 (特開昭56-085318)
→esp@cenet: SEMIIEUROPEAN STYLE BATH TUB
・和洋折衷箏 (特開昭59-002088)
→esp@cenet: JAPANESE-WESTERN BLENDED HARP
この発明では、移調楽器である筝を西洋の琴のように固定楽器として構成し、調絃によって西洋式音階と邦音階の両方に対応しています。
このような和洋折衷筝の意味がJapanese-Western blended harp で伝わるかどうかはともかく、少なくとも和洋折衷については、Japanese-Western blended が落としどころなのかもしれません。
もちろん、和洋折衷も、使われ方によっては eclectic blending of the Japanese and Western styles などと説明調に訳して差し支えない場合もあるとは思います。
ただ、複合名詞のまま維持しようとすると、どうしても多かれ少なかれ無理が生じ、何らかの情報を削除して訳すことになりやすいです。
このため、翻訳を予定している明細書では、複合名詞に和洋折衷を使わず、別の表現を工夫するほうが良いように思います。
例えば「和洋折衷筝」の場合、発明の詳細な説明に、「和洋折衷」が具体的にどのような構成を意味しているのかを記載し、「和洋折衷」という文言を使わずに効果として書き下した文を入れておく方法があります。
請求項では、その構成が特定されることが想定されますので、請求項で「和洋折衷筝」を単に「筝」と記載したからといって、それで権利範囲が変わるわけでもないでしょうから。