サグラーシェ

コラム

刑法から考える特許翻訳

明細書で「汽車」という語を英訳するとしたら、どのような訳語が考えられるでしょうか。
このことを、刑法で文言解釈が争われた判例を通して、検討してみることにします。

特許法ではなく刑法?という疑問もあるかと思いますが、産業財産権法以外の諸法の中にも、特許翻訳について考えるきっかけは多く存在します。
そのことを示す一例だととらえていただけると、ありがたいです。

はじめに、予備知識として、「罪刑法定主義」という原則と、刑罰規定における類推解釈について簡単に説明します。

日本では、民法をはじめとする私法において、法の類推解釈が広く行われています。
これに対して刑罰規定では、類推解釈は原則として認められていません。
憲法31条を根拠とする「罪刑法定主義」により、どのような行為が犯罪になり、どのような刑罰が科せられるかをあらかじめ法律で定めておく必要があるところ、類推解釈を行うと、処罰されないはずの行為を処罰することになり得るため、罪刑法定主義に反するというのが、類推解釈を禁止する理由です。

例えば、秘密漏示罪(刑法134条)には、行為主体として医師や助産師が規定されていますが、同じく医療従事者である看護師も含まれると解することは基本的に認められない、という具合です。

ただし、通説では、言葉の意味を通常の範囲よりも狭く解釈する縮小解釈や、逆に広く解釈する拡張解釈であれば、許容されると解されています。

拡張解釈が新規事項の導入につながり得る特許翻訳とは、対照的ですね。

もっとも、罪刑法定主義のもとで禁止される類推解釈と許容される拡張解釈との境界がどこにあるのかは、過去、たびたび問題になってきました。
典型的な例が、旧鳥獣保護法*1に基づき禁止されていた「弓矢を使用する方法による捕獲」でいう「捕獲」です。

高等裁判所の裁判例では、「捕獲」とは、鳥獣を現実に捕捉するか、少なくとも容易に捕捉し得る状態になったことを要すると解する現実捕獲説の立場*2,3と、矢が外れて鳥獣を自己の支配内に入れられず、かつ、殺傷するに至らなくても、「捕獲」にあたるとする捕獲行為説の立場*4, 5に割れています。

これに対して最高裁は、弓矢を使用する方法による捕獲、捕獲手段の制限規定、捕獲禁止場所の規定のいずれにおいても、捕獲行為説の立場を採っていました6, 7, 8
ただ、学説には、捕獲行為説は行きすぎである、類推解釈ではないかという批判も多くありました。
(こうした批判を踏まえてのことであるのか、平成14年の全面改正で鳥獣保護法*9に未遂罪の規定が新設され、現在は「捕獲」と「捕獲未遂」とが区別されています。)

現実捕獲説での捕獲は英語なら動詞capture、捕獲行為説の捕獲はhuntに近い意味です。
「捕獲」とは「とらえること。いけどること。とりおさえること。」であるとする国語辞典の語釈から考えて、仮に特許翻訳でhuntと訳せば、誤訳になる可能性が高いでしょう。

類似の事案として、最高裁は、水産資源保護法にいう「採捕」に現実の捕獲だけでなく「河川でかねさし網を使用する行為」も含まれるとし*10、自然公園法の「土石を採取すること」には、「石珊瑚を採取すること」も含まれるとしています*11

さて。
ここで、「汽車」の解釈が問題になった事例を示します。
刑法129条でいう「汽車」に、「ガソリンカー」が含まれるか否かが問題になりました。

ガソリンカーというのは、気動車のうちガソリン機関を原動機とする鉄道車両をいいます。
大正から昭和初期に利用され、ディーゼルカーの普及とともに姿を消していきました。

ガソリンカー

(画像は足尾歴史館での復元品をもとに作成)

そのガソリンカーに鉄道会社の乗務員が乗務し、発車時刻が遅れた分を取り戻そうとして制限速度を超えて曲線区間を運転したところ、車両が転覆して死傷者が出た事故に関する訴訟です。
昭和15年の古い判例ですが、刑法129条の条文は下記の現行条文とほぼ同じです。

刑法第129条(過失往来危険)
過失により、汽車、電車若しくは艦船の往来の危険を生じさせ、又は汽車若しくは電車を転覆させ、若しくは破壊し、若しくは艦船を転覆させ、沈没させ、若しくは破壊した者は、三十万円以下の罰金に処する。
旧条文冒頭: 過失ニ因リ汽車電車又ハ艦船ノ往來ノ危險ヲ生セシメ又ハ汽車、電車ノ顛覆若クハ・・・

判決文の一部を、旧字を現代の漢字に置き換え、仮名部分のカタカナを平仮名に直した上で抜粋します。(下線は筆者)

大判昭和15年8月22日 昭15(れ)684号〔ガソリンカー事件〕
刑法第129条には其の犯罪の客体を汽車、電車又は艦船と明記しあり 而も汽車なる用語は蒸気機関車を以って列車を牽引したるものを指称するを通常とするも同条に定むる汽車とは汽車は勿論本件の如き汽車代用の「ガソリンカー」をも包含する趣旨なりと解するを相当とす 蓋し刑法第124条乃至第129条の規定を設けたる所以のものは交通機関に依る交通往来の安全を維持するが為め之が防害と為るべき行為を禁じ以て危害の発生を防止せんとするに在ること勿論なれば汽車のみを該犯罪の客体と為し汽車代用の「ガソリンカー」を除外する理由はなきのみならず右両者は単に其の動力の種類を異にする点に於て重なる差異あるに過ぎずして共に鉄道線路上を運転し多数の貨客を迅速安全且つ容易に運輸する陸上交通機関なる点に於て全然其の揆を一にし現に国有鉄道運転規定・・・(以下略)。

現在の最高裁にあたる大審院は、動力の種類が違うだけでガソリンカーも「汽車」に含まれると判断しました。拡張解釈であって類推解釈ではないという立場です。
ただ、学説には、刑法129条が動力の違いを区別して「汽車」と「電車」とを書き分けたのに、ガソリンカーなら汽車に入るとするのはおかしい、という見解も少なからずみられます。

それでは、仮に明細書の「汽車」を英訳しなければならないとしたら、どうなるでしょうか。

例)
①前記強化複合材料を航空機、自動車、宇宙船、船舶、汽車からなる群から選ばれる少なくとも1つの輸送機器に使用し
(特開2020-203997)

②自動車、電車、汽車、船舶、航空機およびその他の乗物に用いたことを特徴とする
(特開2006-126903)

③請求項2に記載の玩具にして、前記玩具本体が、汽車を模した形状に形成され、前記ボール受け部が、汽車が走行するレールを模した形状に形成されていることを特徴とする玩具。
(特開2003-260276)

和英辞典で「汽車」を引くと、train、railway、steam、choochoo(汽車ぽっぽ)などの訳語が出てきます。
一方、「電車」を引くと、train、railway、streetcar、tramなど、「蒸気機関車」を引くと、steam engineやsteam locomotiveなどと掲載されています。

また、例えば『プログレッシブ和英中辞典』では、「汽車」に対して「a train ⇒れっしゃ(列車)」と表示されています。そして「列車」の訳語は、trainとされています。

これに対して国語辞典や百科事典では、汽車が次のように説明されています。

『広辞苑』第6版
蒸気動力によって動く鉄道車両。広く鉄道一般の意味にも用いる。

『大辞泉』第2版
1 蒸気機関車で客車や貨車を引いて軌道を走る列車。
2 鉄道の列車、特に長距離列車のこと。

『日本国語大辞典』第2版
(1)蒸気機関車で客車や貨車を牽引し、軌道を走る列車。また、その機関車。蒸気車。
(2)電気機関車で牽引する列車の俗称。特に長距離列車をさしていうことが多い。

『日本大百科全書』
鉄道の列車の俗称。明治の初期に蒸気機関車が唯一の動力源であったことからこの名が生じた。ただし、中国では汽車といえば自動車のことで、日本でいう汽車のことは火車と書く。英語ではtrainで、これは「長くつながったもの」を意味する。現在では電気機関車や電車編成が鉄道の主体動力になっているので、列車と称するほうが適当である。

辞書の説明から明らかなように、現代でも、「汽車」は「蒸気機関車」と「列車」のどちらの意味でも使われます。

明細書に話を戻すと、上記②の例のように電車と汽車が併記されている場合、電気を動力とする「電車」とは区別して「汽車」が蒸気機関車を示すのであろうと推測できます。

とはいえ、例えばディーゼル機関車は、電車でも蒸気機関車でもありません。
そうすると、「汽車」を蒸気機関車に限定して訳してよいのか、という問題が生じます。

翻訳を除外して国内出願だけで考えても、例えばディーゼル機関車でガソリンカーと同様の問題が起こらないとも言えないでしょう。
実際、例えばJR九州の周遊型臨時寝台列車「ななつ星 in 九州」など、ディーゼル機関車が活躍している路線は残っています。

①の例でも、「汽車」が蒸気機関車なのか列車なのか、不明です。
船舶や航空機と併記されていることから、おそらく列車であろうと推測するのが精一杯です。

③は図面に蒸気機関車が示されていますから、図面に従えば蒸気機関車になります。
ただ、引用した記載は請求項からの抜粋で、蒸気機関車に限定して解釈する必然性があるか否かは別問題です。

以上は一例にすぎませんが、いずれにしろ「汽車」という語は、それ自体に曖昧な面があります。
このため、別段の定義を設ける場合を除いて、日本語の明細書を作成する段階で「汽車」という表現を避けるほうが望ましいでしょう。

蒸気機関車、ディーゼル機関車、電車などを区別したい場合は、それぞれの呼称を、鉄道車両一般を表現したい場合は、「列車」など総称である語を使用することで、「汽車」を避けることができますので。


注釈
*1 鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律(大正7年4月4日法律第32号)〔明治34年法律第33号の全部改正〕
*2 福岡高判昭和42年12月18日 昭42(う)667号(『判例タイムズ』218号 211~212頁掲載)
*3 仙台高判昭和43年1月23日 昭42(う)170号(『判例タイムズ』224号 202~205頁掲載)
*4 福岡高判昭和48年11月29日 昭48(う)538号(『判例タイムズ』307号 289~292頁掲載)
*5 東京高判平成7年4月13日 平6(う)1351号(平7(あ)437号の原審)
*6 最三小決昭和53年2月3日 昭52(あ)740号(『判例タイムズ』361号 221頁掲載)
*7 最三小決昭和54年7月31日 昭54(あ)365号(『判例タイムズ』398号 86~87頁、『刑法判例百選Ⅰ総論』[第3版]6~7頁掲載)
*8 最一小判平成8年2月8日 平7(あ)437号(『判例タイムズ』902号 59~61頁、『刑法判例百選Ⅰ総論』[第8版]4~5頁掲載)
*9 鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(平成14年法律第88号)
*10 最三小判昭和46年11月16日 昭45(あ)950号(判例タイムズ271号 271~275頁掲載)
*11 最二小決平成9年7月10日 平6(あ)959号(『判例タイムズ』951号 147~148頁掲載)

[参考文献]
・『別冊ジュリスト 刑法判例百選Ⅰ総論』[第8版]―1事件 刑罰法規の解釈(高橋則夫)(有斐閣,2020年)4~5頁
・『別冊ジュリスト 刑法判例百選Ⅰ総論』[第3版]―1事件 刑罰法規の解釈(松尾浩也)(有斐閣,1991年)6~7頁
・内田幸隆 他『刑法総論』(有斐閣,2019年)20~21頁
・斉藤誠二『演習ノート 刑法総論』[第5版](法学書院,2013年)10~11頁

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