瀑布と滝
日本語には、滝を意味する言葉として、「瀑布」という表現があります。
「瀑布」と「滝」の厳密な語義は異なるものの、同義語としても用いられます。
『日本国語大辞典』
瀑布
高い所から白い布を垂らしたように、直下する水の流れ。たき。飛泉。
滝
(1)急な斜面を激しい勢いで下っている水の流れ。急流。奔流。激湍。早瀬。
(2)懸崖から激しく流れ落ちている水。また、その現象。
『広辞苑』
瀑布
たき。飛泉。
滝
①(古くはタギ)河の瀬の傾斜が急な所を勢いよく流れる水。激流。奔流。
②高いがけから流れ落ちる水。瀑布。
一方、明細書では、辞書上の厳密な語義の違いとは異なると思われる用法で、瀑布と滝とが区別して用いられていることがあります。
例)
滝の瀑布周辺における精神の安定効果や森林浴における心身のリフレッシュ効果等
(再表2008/108216、特開2013-252518)
滝の瀑布のように瀑気させることで水中の酸素飽和度を向上させる
(特開2009-255022)
水面から上方では滝のような瀑布流となり、容器内全体に、薄膜的な、均一な循環流を生ぜしめて
(特開2000-345828)
瀑布と滝とを放水量に応じて変化させる
(特開平11-253989)
1と2は、おそらく直下する水そのものを瀑布と称し、瀑布の周辺も含む範囲を滝と称しているのではないかと推察されます。
3は、直下する水の流れを瀑布流として、そのような流れを持つものとして滝をあげている可能性が考えられます。
4は、明細書中に「巨大な瀑布」「小規模な滝」という表現が出てくるため、おそらく、大きさで「瀑布」と「滝」を区別しています。
このように、2つの同義語が異なる意味で用いられているとき、一応はそれぞれの意味を推測することが可能な場合があります。
ただ、推測は永遠に推測であって、正しい保証はありません。仮にこれらの語を外国語に訳すとすれば、翻訳者が自らの推測に基づいて、語と文の意味を決めるということが生じます。
一応の意味を決めたとして、日本語と外国語では、一見同じ対象を示すようにみえる語の語義が異なることがあります。必然的に、言語差による問題も生じます。
例えば、英語で滝を示す表現として、すぐに思いつくのは、waterfall、fall、cascade、cataractの4つです。それぞれの語義を、Merriam-Websterの英英辞典から引用します。
waterfall
a fall of water usually from a great height
fall
a fall of water usually from a great height
cascade
a fall of water usually from a great height
cataract
a fall of water usually from a great height
辞書上の意味は、まったく同じです。単純にいえば、どれも「滝」ですね。
これに対して、もう少し細かく説明している辞書もあります。
Websterと同じアメリカ英語系列のAmerican Heritageを[H]、イギリス英語系列のLongmanを[L]、Oxfordを[O]として示します。
waterfall
A steep descent of water from a height; a cascade. [H]
(高所から水が急降下すること;cascade。)
a place where water from a river or stream falls down over a cliff or rock [L]
(崖や岩に沿って川の水が落下する場所)
a place where a stream or river falls from a high place, for example over a cliff or rock [O]
(崖や岩などに沿って、高い場所から水流や川が落ちる場所)
fall
falls (used with a sing. or pl. verb) A waterfall.[H]
[L][O]は掲載なし
cascade
A waterfall or a series of small waterfalls over steep rocks. [H]
(急峻な岩に沿った、waterfallや、小さなwaterfallが連なったもの)
a small steep waterfall that is one of several together [L]
(急降下する小さなwaterfallがまとまっていくつかあるうちの1つ)
a small waterfall, especially one of several falling down a steep slope with rocks [O]
(小さなwaterfall、特に岩のある急な斜面に落ちるいくつかのうちの1つ)
cataract
1 A large or high waterfall. [H]
(大きな、または高いwaterfallのこと)
literary a large waterfall [L]
(literary) a large steep waterfall [O]
[L]と[O]では、waterfallは水流そのものというより、水流が落ちる場所とされています。cascadeやcataractには、大きさの概念が入り、cascadeには大きさに加えて形も含まれてきます。このcascadeは、いわゆる段瀑のような滝でしょうか。
ここで、冒頭に示した4の例文では、大きさで「瀑布」と「滝」とを区別していると推察されます。「巨大な」「小規模な」という形容がある文では「瀑布」「滝」ともにwaterfallsと訳すことは可能です。
ところが、形容詞がない場面では、the waterfallsで両者の区別がつかなくなります。その場合、cataractとcascadeで訳し分ける方法が考えられます。ただ、今度は、cascadeが段瀑のような形状に解される可能性が生じます。
3では、「滝のような」をlike waterfallsにするとして、瀑布流が問題になり得ます。streams of waterfalls like waterfallsでは意味不明で、「瀑布流」の部分を何らかの形で説明しないと、意味をなす訳にならないようにも思います。
2は、水流そのものと滝のある場所とで区別されていると仮定して、瀑布をfalls of water、滝をwaterfallにして、falls of water of a waterfallというトートロジーさながらの訳を作るか、場所としてa waterfallのみ、あるいは水流としてwaterfallsの一語で訳すか、あるいは・・・といった問題が生じ得ます。
1の例文の「滝の瀑布周辺」は、英文ファミリでwaterfall around the waterfallと訳されています。通常は可算で(多くは複数形で)用いられるwaterfallを不可算にして、直前のwaterfallを定冠詞で受けた謎かけ文のようになっていますが、「滝」と「瀑布」の区別が明確でない以上、翻訳者を責められません。
このように、国語辞典に見出し語として収載のある語でも、明細書の中での意味がはっきりしないと、似たような問題は容易に起こり得ます。特に、「滝」と「瀑布」のような類語が明細書の中で使い分けられていると、よほど一義に意味を確定できないかぎり、高い確率で、翻訳の妨げになると考えられます。
こうした問題を避けるためにも、明細書を作成する段階で、各々の語の意味が一義になるようにしておいてもらえると助かります。